法律コラム
【ショートストーリー相続編】”隠れ養子”縁組無効訴訟③
決め手となった客観的証拠とは
調停の日。宏本人と裁判所の入り口でたまたま鉢合わせた。
姉の死後、宏がぐっと老け込んだ気がする。
50を過ぎたぐらいのはずだが、初老のように思えた。
離婚後、宏と姉とは疎遠になり、当然私も連絡をとることもなかった。
姉の生きている頃も、ろくに働かない宏を男として心底、軽蔑していた。
その時は姉の手前上、何も言えなかったので、これもいい機会だ。
「姉さんとあなたの間の養子は、あなたと愛人の間の子のようですね。
裏切った不貞だけでも許せないのに、その子を勝手に養子にするなんて。
姉になんの恨みがあるんだ??
自分の事業が失敗した挙句、あんた、姉にずっと食わせてもらってたんだろ??
なんて情けない男なんだ!!」
宏「…!」
感情が一気に爆発し声を荒げてしまった。
自分が思っていた以上に、これまでの宏に対する怒りが溜まっていたようだ。
宏が言葉を発する前に相手の弁護士に静止され、調停室に誘導された。
調停は双方入れ替わりで行われ、それ以後、宏と直接言葉を交わすことはなかった。
調停委員によると、宏の言い分はこうだった。
「彼も最初、聞いた時は相当驚いたそうです。
本当に知らなかったようですね。
愛人に子どもが生まれていたことは知っていたが、
彼自身もどうしてこんなことになっているのか、
さっぱりわからないと困惑していらっしゃいました」
それならば縁組の意思がないことを認めてもよさそうなものを…。
一緒にいる養子本人の意向なのか、認めるには至らなかったそうだ。
私は訊ねた。
「では、誰が養子縁組まで届け出たのでしょうか?
宏が愛人にそそのかされたんじゃないですか?」
「そうかもしれません。
ただ、宏さんが納得されないのであれば、仕方がないのです。
審判にせざるを得ません」
調停員の声が響いた。
前に弁護士が言っていたことを思い出した。
「このような形式だけを取り繕った養子縁組は、
相手側に『本当に養子関係を築いている』と反論されてしまえば、覆すのはそう簡単ではありません。
とにかくこの養子縁組が『形式だけであり、真の養子関係が存在しない』という事を客観的事実に基づいて証明する必要があります。
その証拠を見つけられれば、勝てます。」
私たちには手札があった。
水谷弁護士が証拠として提出したのは、法務省から取り寄せた縁組届の用紙。
姉の署名押印欄にある筆跡は、姉のものではなかったのだ。
そして姉と宏は、当時は別居状態にあることが、住民票の記録からも明らかであった。
このことが決定打となり、私たちは『養子縁組無効』の結果を勝ち取ることができたのであった。
審判が出て数週間。
姉の一周忌の日、こともあろうに宏から電話がかかってきた。
「幸子には、本当に悪かったと思っている。
彼女は子どもには一度も会ったこともないし、存在すら知らなかった。
今となっては、私が墓参りをする資格もない。
君から、私からの線香をあげてほしい。
そして、申し訳なかったと伝えてくれ…!」
泣き叫ぶように、そして許しを乞うその声が哀れだった。
もうこれ以上、奴に聞くことは何もない。
もう会うこともないだろう。
自責の念を一生背負って、惨めな老後を一人過ごせばいい。
姉の墓に報告をした帰り道、休業している姉の成城の店を訪れた。
すると、一人の若い女性が訪ねてきた。
「私、幸子さんのお店が大好きだったんです。
そして料理にも目覚めて、和食を学びました。
お店がなくなって本当にショックだったんですが、
もしよかったら、私に幸子さんの味を継がせてもらえませんか?
料理人として雇ってもらえませんか?」
どうやら、姉にもう一つ良い知らせを報告できそうだ。(おわり)
【もっとよくわかる!弁護士解説】
家事事件はその内容によって「調停」(=まずは話し合い)をすべきかどうかが異なります。養子縁組無効は、最初から無効確認訴訟でもよいのですが、家庭裁判所は、これをまずは話し合うよう調停に付することが多いです。話し合いで無効を確認するなんてなんだか妙な気もしますが、合意ができた場合には「合意に相当する審判」として「審判」に切り替えます。
⑴審判対象 別表第1事件(旧・甲類審判事件)…相続放棄、後見開始など→話し合いの余地が少ないので、当初から審判でよい
⑵審判対象 別表第2事件(旧・乙類審判事件)…養育費・婚姻費用、財産分与、遺産分割等→話し合いの余地があるからまず調停
(家事事件手続法244条1項)
⑶訴訟対象(一般調停)事件…離婚、離縁→訴訟の前に調停を前置しなければならない(家事事件手続法257条1項)
⑷訴訟対象(特殊調停)事件…縁組無効、養子無効など→訴訟でよいが場合により調停に付する。調停が成立したら「合意に相当する審判」を行う(家事事件手続法274条1項)
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