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こんにちは!いよいよ今日から法律ショートストーリーの新シリーズがスタート。今回も引き続き相続にまつわるお話ですが、生前贈与にまつわるお話です。

解決だけでは終わらないドラマがある
ショートストーリー 法律の向こう側
第七話 生前贈与①
 



私は父の最期を看取ることはできなかった。

赴任先のシアトルで危篤の連絡を受けたのが亡くなる2日前だった。
急いで仕事の段取りをつけて翌日に出国するも、間に合わなかったのだ。
5年前に胃ガンを患い摘出手術を受けた。一度は回復したかと思えたが再発し、ここ2~3年は入退院を繰り返していた。母はすでに10年前に他界していたので、付き添いや介護は弟家族が全て支えてくれていたのだった。

弟には本当に感謝している。
本来ならば長男である私が請け負わなくてはならないのだが、商社へ勤めている以上、海外赴任は避けて通れない。5歳年の離れた弟が、自分の就職を諦めて「父の寿司店を継ぐ」と決意してくれた時は、頭が上がらなかった。

父と弟は次男同士、どこかのんびりとしていて気があっていたし、父の教えを素直に聞き入れた弟は寿司職人としての才覚をあらわし始めた。カウンター10席ほどのほんの小さな店で、昔ながらの地元の人々に愛されている店だったが、父の確かな腕前と弟の新しいアイデアで店の評判はうなぎのぼり。グルメガイド誌にも度々掲載され、” 世田谷の住宅街に、予約の取れない隠れた名寿司店登場 “とまで称されていた。

一方、長男である私とは子どもの頃から折り合いが合わず、衝突することも多かった。子どもの頃から勉強が好きで、暇さえあれば本を読み漁り、いつも机に向かっているような子どもだった。職人気質の父にはそれが気に食わなかったのかもしれない。有名大学に進学し一流商社に内定が決まっても、あまり歓迎されず、実家ではどこか居心地の悪さを感じていた。だから弟が継いでくれて、私の心も解放されたのであった。


葬儀の手配なども弟家族が全て段取りよく取り行ってくれた。私もまた数日後にはシアトルに戻らなくてはならないので、早々にも相続の相談を少しでもしておきたかった。


そこで初めて明かされた事実があった。
父が病に倒れた5年前、弟へと完全に代替わりした時に、店兼自宅であるこの実家が弟にすべて生前贈与されていたのだった。(②へ続く)

法律用語解説:生前贈与とは
「贈与契約」と同義。「生前贈与」というのは、遺言の形でする「死因贈与」と対比するため。遺言が遺言者単独でできるのに対し、(生前)贈与は受け取る側との契約でするため、受け取る側の意思がないとできない。死因贈与はあげる側が死亡して初めて効力が生じるのに対し、(生前)贈与は契約をしたそのときに所有権が移転する。


今回も波乱の幕開けですね、来週をお楽しみに!